今後本薫寺からの新聞を発刊することになりました。新聞の名称を『本門仏立講護法信衛連』と名付けます。信衛連とは大尊師日扇上人が本門仏立講を開かれ御奉公をなさっておられるころ、ご信者のご信心が随他意になる(仏のみ心から外れ勝手信心になる)ことをご心配され、ご信心の狂いのない信心堅固なご信者十人を選ばれて信衛連と名付けられ大尊師直属として折伏等のご奉公をさせておられるのです。大尊師は明治二十二年八月八日信衛連榎本武兵衛氏席で『信衛連中 諸組々講出席ノ役義ハ代講の法門をききて折伏の有無強弱を時の代講ニ問尋 評決すべきが為也 又組人員参不ヲ監察すべき事御奉公也』と仰せられ、信衛連はあらゆる組のお講席に出席して代講(お講師さん)のご法門を聞いて、ご法門に折伏の心が有るか無いか、折伏の心が有るにしても強く説かれているか、弱くてご法の御心から外れているのではないか、その点をその代講(お講師さん)に問いただしはっきりさせる、そしてお講の参詣を見届て監督する、それが信衛連の役務のご奉公である、と言われているのです。ですからお講師さんにとっても信衛連はこわい存在であったには違いありません。当時信衛連は仏立講内に少しの信心の狂いも許さず勝手信心の随他意を許さず大尊師と直結して折伏助行等のご奉公をされ、絶対の経力現証御利益をあらわされ、真実妙の世界があるのだということを信者はもちろん世の人々に自覚せしめるべくの目覚ましい活躍をなさっておられます。本薫寺のご本尊様は信衛連のお一人榎本武兵衛さんがお持ちしていたご本尊様です。どうしてもそのお心を継ぎたいと思います。それで本門仏立講護法信衛連と名乗り大尊師と直結した絶対の正しいご法、正しいご信心を伝える為の紙面としてゆきます。
植田日因(淳明)