云ふ事の後に合へばこそ人も信ずれ 乙御前御書
植田日因(淳明)
さて、高祖日蓮大菩薩は「云ふ事の後に合へばこそ人も信ずれ」、〃言うことが後で合うからこそ人も信ずるのである、また信じなさい〃と仰せくださっております。単純なお言葉ですが、真に真実をうがったお言葉です。私は、常日ごろ周囲の者に、よくこれを言って聞かせております。単純なことのようですが、その単純なことのないのが人間社会です。とかく、美辞麗句によって巧みに人を乗せ、自己の欲望を満たそうとする、それにしては実のない行き方が一般に横行しております。現代の政界、宗教界、ほとんどが言葉の魔術で人を動かしていると言えましょう。
「云ふ事の後に合へばこそ人も信ずれ」
この単純なお言葉、これが見失われているところに現代社会の偽善があると言えます。百の論より一つの事実に過ぎたものはありません。本薫寺は、このお祖師様のお言葉を後生大事にしております。私自身、これが自分の信心生命であると心得ております。
さらに、仏立開導日扇聖人大尊師は御指南に「法ノ邪正ハ問答デハワカラヌ。問答ハ。口ト口トノ。タゝカヒナレバ口ノ達者ナ者ガ勝ツ。法ノ邪正ハ利益ノ有無也。拙キモ、其分ニ利益アリト云ヘドモ巧ニアヘバ。星月ノ日ニ光リヲ奪ハルゝガ如シ。サレバ問答ハ口ト口トノ論也。法ノ邪正ハ利益クラベ也ト。宗祖曰。結句ハ勝負ヲ決セザランノ外云々」と仰せられております。
〃問答では言葉巧みな者が勝つ、しかしその法が邪悪であるか真に正しいかということは、御利益のあるかないかによって決まる、言葉の問答では、言葉巧みな者が言いくるめて真実を見失わせてしまう、であるから、御利益比べして法の邪正を勝負して決めなさい〃と仰せられているのです。高祖、門祖、大尊師が「道理証文よりは現証に過ぎず」と現証(正法として絶対真実なることが現実に現れていること、妙不可思議の御利益が現実に現れていること)一筋の御信心をお立てなされたのもその故です。今、本薫寺は現証御利益の現れる不思議な世界が築かれています。しかしながら、とかく現在は、口先のみで信者を操っている寺院が多いようで、妙不可思議の現証御利益を真実に現して真に人々を救済し、何事も現証をもって正邪を正している寺院は本薫寺をおいて外に類を見ないと言えましょう。本薫寺信者としてこれを誇りにして、口のみをもてあそぶ周囲にこの真実の事実を示し、一人でも真実を分からせ、真実の仏の世界を現してゆく教化折伏の御奉公をさせて頂くことが大切なことです。